一つ目のパラケラス(仮)

○2
「おはようございます」
「おぉ、おはようさん」
倉庫のすぐ横に併設された小さな住居。
アレスは朝、まずそこに顔を出す。
玄関から入ってすぐのリビングには
無精ヒゲを生やした初老の男性がいた。
彼はコンラッド=ニール。
アレスに倉庫を貸してくれた恩人だ。
そして、彼の特殊な事情に理解を示してくれた
数少ない人物の一人でもある。
「すみません、じゃあ」
「おう」
短い会話だが、これも慣れたが故。
倉庫には洗面所なんて上等なものはない。
なので毎朝彼のところで借りるのがアレスの日課になっている。
鏡にはなんとも冴えない顔が映っている。
しかし、それとは対照的に身体は引き締まっており、
腕や胸には無数の傷があった。
これも彼の特殊な事情故…という事なのだ。
毎朝、この傷を見るたびにアレスは自分のしてきた事を
再認識し、忘れる事のないようにしている。
いや、恐らく忘れようとしても忘れる事など出来ないだろう。
朝に似つかわしくない憂鬱な表情のまま、アレスは洗面所を後にする。
リビングでは相変わらずコンラッドが小さめのテレビに目を向けていた。
「終わりました、どうも」
「おう」
テレビから目を離さず答える。
「しかし、わりぃな」
「何がですか?」
コンラッドが軽くアレスの方を向きながらそう言う。
謝れるような事などないと思うが。
「部屋の一つでも貸せりゃよかったんだが、何分こっちもギリギリでな」
「何言ってるんですか、あいつを置ける場所を貸してもらえただけで
 俺には充分過ぎますよ」
あいつ…というのはマティアの事だろう。
確かに5mほどにもなる人型兵機を置けるほどの倉庫など中々ない。
それに外に晒しておくわけにもいかない理由もある。
もちろん機体が傷む…もとい彼女が野ざらし
嫌がったというのも理由の一つではあるが。
「そうか…今日も仕事か」
「えぇ」
親切なある人のお陰でこの町に来てからすぐに仕事にありつけた。
やはりあれだけの倉庫を間借りさせてもらっている以上、
それなりの対価というものを支払わなければならないと
考えていた彼には有難い話だった。
「ったく、金なんぞ気にしなくてもいいっつったろう」
 が彼の妙に律儀なところに若干呆れ気味といった感じで言う。
このご時勢、助け合わなければ生きていけない。
それが当たり前だと考えているからだ。
「働かざるもの食うべからず、ですよ」
だが、彼も親切にされれば何かでそれを返す、
という当たり前の事をしているに過ぎない。
結局、お互いが当たり前の事を当たり前に実行しているだけだった。
そう考えるとこの問答がなんとなくおかしくなり、二人は軽く笑いあった。
「まっ、身体壊さん程度に頑張れよ」
「えぇ、それじゃ」
「おう」
 はテレビに視線を戻し、アレスは部屋を後にした。
そして早足で毎朝のように通っている仕事場へと急いだ。