一つ目のパラケラス(仮)

○1
「朝です、起きてください」
薄暗い倉庫の中に少女のものと思われる声が響く。
しかし、そこに少女の姿はない。
「…あぁ、もうそんな時間か」
冷たい地面の上、寝袋に包まっていた若い男が重い腰を上げる。
やはりどこにも少女の姿はない。
「毎朝正確だな」
あくびをしながら男性は薄暗い倉庫のほとんどを
埋め尽くす巨大な鉄の塊…鎮座した人型兵機に顔を向ける
「そうプログラミングされていますから」
ぶっきらぼうに答える少女の声はその人型兵機から聞こえてきた。
「その辺りはさすがAIと言うべきか」
「正確さが私の取り得ですから、AIかどうかは関係ありません」
そう答えた少女の声には不満げな響きが含まれているように感じた。
彼女は鎮座した人型兵機の学習型AI。
「おっと、こりゃ失礼、悪かったな、マティア」
名はマティアと言った。
「詫びられるほどの事でもありません、アレス」
そして、『彼女』の前に立つ紫紺の髪の男はアレス=ニムロス。
この町で暮らす一人の青年だ。
「さてと…」
倉庫の重い扉を開ける。
裸電球が数個しかなく薄暗い中とは違い、
外は目を覆うほどの眩しい青空が広がっていた。
「世はなべて事も無し、か」
「何ですか、それは?」
背後からマティアの声。
「今日も平和だって事さ」
「そうですか、記録しておきます」
「記録ねぇ…」
出会った当初から比べれば彼女の言葉は随分と人間味が増した。
最初はまさにAIといった感じで事務的な事しか話さなかった。
しかし、対話に繰り返すにつれ徐々に変化が現れてきた。
学習型という触れ込みは伊達ではなかったという事だろう。
だが、人間と変わらない…というのはまだ無理のようだ。
ここで人間なら覚えておく、と言うところだろう。
「…どうかしましたか?」
考え事をしているように自分を見ているアレスが気になったのか、
そう声をかける。
「いや、何でもない…それじゃ、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
彼女に軽く右手を振って倉庫を後にする。
まず向かう場所は…。